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治療ができなくなったがん患者が、
医師から見放されてしまい、行き場をなくしてしまう。

 

なぜこんなことになるのか?

 

こんなことにならないための対策は?

 

以下は、
慶應義塾大学看護医療学部教授 加藤 眞三 氏のお話です。

 

がん難民」という言葉をご存知ですか。

 

全国各地のがんセンターや大学病院などの高機能病院で、
治療ができなくなったがん患者が、
医師から見放されてしまい、行き場をなくしてしまうという問題です。

 

がんセンターで「がん難民」が発生している?!!

 

高機能病院には、一般的な病院にはないような
高度な治療機器があり、専門医がいます。

 

一見治療が困難な患者を受け入れてくれそうな
イメージがあるのにも関わらず、
患者が「難民」になってしまうのはなぜなのでしょうか。

 

その理由を理解するには、
専門医の思考法を知ることが必要になります。

 

現代の医師が患者を診療するとき、
その思考法にもっとも影響を与えているのは、
言うまでもなく「科学」です。

 

言い換えれば、医師は科学者として教育され、
働いているのです。

 

科学者としての医師に期待されるのは、

 

①論理的である(理屈が通る)、

 

②実証的である
(科学的手法により確率・統計的に証明できる)、

 

③普遍的である
(世界のどこでも、誰にでも当てはまる)、

 

④客観的である(冷静である)ことです。

 

そして、そのような医師を育てる医学教育が行われます。

 

このことによって、
ある一定以上の医療水準を維持することに
つながっている面もあります。

 

客観的である(冷静である)ことであり、
そのように医学教育がなされます。

 

これによって、ある一定の医療水準を維持する
ことにもつながっている面もあります。

 

こうした科学を主とする現代医療は、「医学モデル」と呼ばれます。

 

医学モデルでは、
病気には(1つの)原因があり、その原因の結果として
病気が生じていると考えます。

 

そして、病気の原因を見つけ出して、
それを取り除くことが医療の目標となります。

 

感染症であれば、細菌やウイルスを薬により除去すること、
がんであればがんの組織を手術で切り取ったり、
放射線でたたいたり、薬でつぶすといった具合です。

 

そして、このモデルにおいて医療を行う主体は、
専門家である医療者となります。

 

こうした科学的な医学においては、専門分化が進んできました。
医学の進歩とともに、知識と技術の範囲が広くなり、
奥が深くなってきたための当然のことです。

 

医学全般を1人の医師で全てをカバーすることなど、
とてもできません。

 

専門医として、専門分野を決めてカバーする
範囲を狭くすることで、その専門分野における
知識と技術に精通することができるのです。

 

専門医は専門分野に対して責任を持つ

 

専門医は、自分が専門分野とする病気に対して
責任感を持ちますが、
専門でない分野の病気に対しては、
自分には関係ないし、責任もないと考えがちになります。

 

そして、専門分野の病気であっても
科学的に治療効果などのエビデンス(科学的証拠)が
積み上げられた問題の範囲内で、
医療をしようとします。

 

治療法が確立していない病気や
治療が望めない進行度になると、

どうしても興味を失いがちになります。

 

例えば、私が過去に経験したこんなケースがあります。
ある日救急外来に来た患者さんは、
主に心不全の症状が見て取れました。

 

そこで、私は循環器内科の医師に、
この患者さんを診てくれないかと依頼しました。
しかし、その医師は、一般内科で診てもらえばよいと、
その依頼を断りました。

 

彼の発想はこうです。
心臓カテーテルなどによる治療が必要な
心筋梗塞や狭心症であれば、
その専門である自分の出番だけれども、

 

そうでないならば自分が診なくても良い、
という考え方をするのです。

 

話だけ聞くと、
ずいぶん了見の狭い医師のように見えますが、
これは専門医にとってけっして珍しい考え方ではありません。

 

患者が専門医を受診すると、専門医はまず、
自分の専門分野の対象となる患者かどうかを
判断するものです。

 

そして、対象から外れてしまうと、
関心を失ってしまいます。

 

専門外のことはよく解らないから、
なるべく関わりたくないと逃げ腰になるのです。

 

自分の専門の範囲内の患者であることが解れば、
次に、命に関わる病気かどうかを判断します。
そして、命に関わらないものであれば、
まあ放置しておいて良いのではないかと
考えがちです。

 

専門医は、原因を明らかにして対処する
「原因療法」を第一と考えますから、
症状を抑えておくだけの治療は
「対症療法」として軽視しがちになります。

 

したがって、血液検査や画像検査で
異常が見つからなければ、

 

とりあえずは命に関わる病気ではないと判断し、
「検査をしたけれども、
どこも悪いところは見つからない」と答えてしまいます。

 

また、専門の範囲内ではあっても、自分が治せない、
あるいは治せなくなった患者とは関わりたくない
という気持ちが働いても不思議ではありません。

 

医師にとって、治せないことは「敗北」となるからです。

 

医師という職業は、
自分が提供した医療によって治すことの
できる患者が相手であれば、

 

治療が成功したあかつきには喜ばれ、
感謝されます。

 

しかも、医師不足の状態が続いていますから、
治療の可能な患者がいつも沢山待っている
状態にあります。

 

そんな状況の下で診療をしていると、
治せない、あるいは治せなくなった患者とは
関わりたくないという気持ちがはたらいても
不思議とは言えません。

 

冒頭で紹介したように、
現在全国各地のがんセンターや大学病院などでは、
治療ができなくなって
患者が医師から見放されてしまうという
「がん難民」の発生が問題になっています。

 

これは、上に述べてきたように
治すことのできない患者が医師の「自己効力感」を
打ちのめすことを避けようとする、
医師側の心理の問題でもあるのです。

 

治せる患者を優先して診療、という使命感の裏返し

 

ただ、これは単に医師が敗北を嫌うだけではなく、
治せる患者を優先して診療しなくてはならない
という使命感の裏返しでもあります。

 

重装備の医療機器を備えた
急性期病院であるほどそう考えるでしょう。

 

また、重装備の病院では、
重装備を必要とする医療を行わなければ
無駄が出てしまう、という医療経済や
保険診療上の問題もあるのです。

 

つまり、「がん難民」の発生は
ある程度仕方がない面があるのです。

 

では、それを避けるためにはどうすれば良いのでしょうか。

 

高機能病院がその規模を大きくして、
治療ができない進行したがんや難病の診療を
行う部門をつくることは解決法の1つです。

 

しかし、それはおそらく医療経済的にも
実現は難しいと思います。

 

また、進行したがんの患者が、
家族のいる自宅から離れた場所で
医療を継続して受けなければならない
という問題も生じます。

 

私は、その様な方向に医療が進んでいくことは
理想ではないと考えています。

 

それに代わる解決法は、
患者ががんセンターや大学病院などの
医師に頼りすぎず、
「かかりつけ医」を
ほかに持つことです。

 

高機能病院はあくまで、
その機能を患者が利用するだけの場所であると
割り切ってしまい、
自分が心から頼りにできる
主治医は別に持つのです。

 

そうすれば、高機能の病院での医療の対象と
ならないような病状になっても、
その後の医療について相談できることができます。

 

つまり、高機能病院から離れることになっても、
自分は「がん難民」とは感じないような
仕組み作りをすることが必要なのです。

 

高度な専門医は、その機能を利用するだけだ、
と患者側が見限ることが1つの解決法です。

 

さて、ここまで専門医に頼りすぎないように
ということで話は進めてきましたが、

 

もちろん専門医の中にも素晴らしい医師が
沢山いることは事実です。

 

治療の難しい病気であればなおさら、
専門医の中からよい人を見つけることが
一番大切になります。

 

『治るという前提でがんになった』(幻冬舎)
の著者、高山知朗さんは、40歳代前半に
悪性脳腫瘍と白血病という2つのがんを発症しましたが、

 

IT関連会社を立ち上げたその経験と能力、
そして人脈をフルに活用して、
両者を克服してこられました。

 

患者学を自然に身につけているお手本となる方です。

 

高山さんは、治療法に関する情報の収集を行い、
どの病院が良いかを的確に判断し、
良い主治医に巡り会っています。

 

脳腫瘍を治療した脳外科医も、
白血病を治療した血液内科医も、

 

専門医でありながら高圧的な態度をとることはなく、
患者の自律性を重んじ、患者の気持ちを
とても大切にしておられるようです。

 

両方のがんが治ったからこそ、
「がん難民」にならなかったと言うことも

できますが、

 

おそらく高山さんなら
高度機能病院での治療法がなくなったときでも、
その病院にしがみつくことなく、
別の道を探されるのではないかと思います。

 

専門医の悪口(本当は悪口を
書こうとしているのではありませんが、
悪口のように聞こえる人もいるでしょう)を

 

さんざん書いていながら、
専門医にもこんなに人間的な医療を
提供する医師がいることを知ることで、
ホッと胸をなでおろす気持ちになりました。

 

患者が医者を見限ることも大切

 

加えて、わたしが研修医だった
30年以上前にはごく当たり前な存在だった
患者に高圧的な医師は、
今では少数派になっています。

 

時代とともに医師の側も変化してきています。
そのような変化の時期だからこそ、
自分に合った医師を主治医として選択することが、
よい医療を受ける上で決定的に大事となるのです。

 

医療者に変化を促すのも患者の力です。
高圧的な医師は見限ってあげれば
次第に絶滅機種となっていくのですから。

 

出典:東洋経済新報社
http://toyokeizai.net/articles/-/152094