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大好きだった映画の女優や歌手の名前が出てこない。
若い頃、夢中になったギターを久しぶりに出してきたが、
曲をほとんど忘れている。

 

バッグのどこかにしまったはずの手帳が見つからなくて、
取引先でバッグをひっくり返すなど大騒ぎ……。

 

こうした「物忘れ」は誰でも体験したことがあるだろう。

 

以下は、認知症の早期診断法・予防を研究されている
東京医科歯科大学特任教授の朝田隆先生のお話です。

 

朝田先生は
こうした物忘れのなかには、アルツハイマー病の初期症状など、
『悪性』の物忘れが潜んでいる可能性がないわけではない。

 

しかし、50代、60代でごく一般的な物忘れが増えてくるのは
加齢によるものと考えていい
」と話す。

 

誰にでも起こるものだから心配したって始まらない。
それよりも「早く自分の状態に気づき、
生活や仕事でちょっとした工夫をすることで、
さまざまな問題は解決できる」(朝田先生)という。

 

「エピソード記憶」が抜けたら要注意

 

一言で物忘れといっても、その内容はさまざまだ。

 

我々が経験する物忘れを医学的な分類ではなく、
主な事例で示すと以下のようになるという。

 

1)しまった(置いた)場所を忘れて探し回る

 

帰宅後、カギを置いた場所を忘れ、
出勤前にあわてて探し回る。
大事な時計だからと丁寧に保管したのに、
その場所を忘れる(しまい無くし)。

 

2)スケジュールを忘れる(展望記憶)

 

午前中、予期せぬ作業でてんてこ舞いしてたら、
午後2時に会議があることをすっかり忘れてしまった。

 

3)体験したことを忘れる(エピソード記憶)

 

先月、法事で田舎に帰ったことをまったく覚えていない。
数十分前に自分で家族に話した内容を覚えていない。

 

4)今までできていたことができない(手続き記憶)

 

すっかり覚えていたはずのピアノの名曲を思い出せず、
途中から弾けなくなる。水泳が下手になったなど。

 

5)適切な言葉が出てこない(語健忘)

 

自分が体験したことを話そうと思っても、
ふさわしい言葉がなかなか出てこない。
好きだった歌手の名前が出てこないなど。

 

こうした物忘れの多くは、誰もが1度は
経験したことがあるだろう。

 

日常生活や仕事に支障が出ない限り、
それほど心配することはない。

 

しかし、(3)のようにエピソード記憶が
スッポリ抜け落ちてしまうケースは要注意
だ。

 

早めに専門医の診断を受けるべきだと朝田先生は話す。

 

短時間のエピソード記憶喪失はてんかんの場合も

 

エピソード記憶の喪失には、2つのタイプがある。

 

一つは、数秒前、数分前に話したことをまったく覚えていないもの

 

もう一つは、家族で旅行に行ったこと全体を覚えておらず、
家族に「あのレストラン最高だったね」などと
ヒントを言われても思い出さないものだ。

 

どちらも認知症の初期段階を疑う必要があるが、
前者には思わぬ病気がかくれていることもある。
てんかんの「複雑部分発作」と呼ばれるものだ。

 

朝田先生は「複雑部分発作は、
激しいけいれんなどは起こさない。

 

例えば、
会議中に鉛筆を握ったまま、数秒から
数分間意識の乱れなどがある程度」と話す。

 

しかし、その間、起こっていることを記憶に
とどめる機能がストップしてしまう。

 

その結果、後で自分がしていたことを
まったく覚えていないことになる。

 

てんかんというと子供の病気というイメージがあるが、
その発生頻度は中高年以降に再び高まり、
60代がピークとなる。

 

治療を行えば発作を抑えることができるので、
記憶の異変に早めに気付くことが大切だ。

 

エピソード記憶を喪失したら要注意

エピソード記憶喪失の症状 可能性のある病気
数秒前、数分前に話したことをまったく覚えていない てんかんの「複雑部分発作」
出来事についてヒントを言われても思い出さない アルツハイマー病
レビー小体型認知症

 

軽度認知障害なら回復する例も

 

エピソード記憶喪失の後者のケースでは、
旅行などの記憶がスッポリ抜けてしまう。
専門家によっては「悪性」の物忘れだという

 

数年に1回あったものが、やがて毎年、毎月と
高頻度に起こるようになったら、
アルツハイマー病やレビー小体型認知症などが
原因の認知症である可能性がある

 

こうしたエピソード記憶の物忘れはもちろん、
それ以外の物忘れも頻繁に起こり、日常生活や
仕事に支障を来すようなら、なるべく早く
専門医の診察を受けたほうがよい。

 

朝田先生は「これまでの認知症医療では、
症状がある程度進んでから治療が開始されていたが、
最近では認知症になる一歩手前の状態、
軽度認知障害(MIC)の段階で
リハビリテーションなどを行うようになってきた
」と話す。

 

認知症患者は、記憶力の低下以外にも
注意力、方向感覚、推察する力の低下など
さまざまな認知障害が起こる。

 

一方で軽度認知障害は、
記憶力の低下が主な症状であり、
日常生活は自立して行える状況だ。

 

記憶力低下の背景にある疾病によっても異なるが、
リハビリテーションによって
症状の進行が遅くなるばかりか、
すっかり回復する例もあるという。

 

回復の機会を失わないためにも
早期発見が重要だ。

 

「オレはそこまでは悪くない」と思っていても、
検査の結果、微小脳梗塞など
思わぬ脳の異変が原因のこともあるという。

 

早めに「物忘れ外来」などを受診してみるといいだろう。

 

注意力を保つことが記憶上手のコツ

 

さて50代、60代で、ときどき物忘れはあるものの、
日常生活や仕事への悪影響はまったくないという人は、
一般的な加齢変化と言っていいだろう。

 

加齢変化というと「あきらめるしかないのか」と
思うかもしれないが、そうではない。

 

朝田先生は「物忘れの特徴を知ることで、
自らの行動の欠点をサポートすればいい
」と話す。

 

例えば、人が何かを記憶するとき、
まず脳の前頭前野という部分にある
ワーキングメモリーに入る。

 

そこで何かに注意し、
これは覚えておこうと脳が判断したとき、
記憶エリアに格納される。

 

最近では、何かを記憶するには、
覚えておく力と同じぐらい、注意力が必要だ。

ということが分かってきた。

 

例えば、重要な書類の入ったカバンを置くときは、
自ら「ここに置く」と意識して、注意力を高めることが大切だ。

 

また、印鑑、自動車のカギなど、日常的に扱うものは、
つい何気なく置いてしまいがち。

 

身のまわりを整理整頓して、
「帰宅したらここに置く」と決めておき、
日々注意するといいだろう。

 

また、ビジネスマンは黒いカバンを使うことが多いが、
そこに同じ色の黒い手帳などを入れておくと
必要なときに探し出せず、「もしかしたら忘れてきたのでは」
と慌てることも多いという。

 

その場合は、手帳に明るい色のカバーを
つけるなどの工夫が効果的だ。

 

脳力サポートで若い頃のパフォーマンスを

 

スケジュールを忘れやすい場合は、
手帳のスケジュール欄の書き込み方に一工夫するとよい。

 

例えば、忙しいときは何日、何時の項目に
ただ「上野」と場所だけ書いてしまいがちだが、
後で何の予定だか分からなくなってしまうことがある。

 

朝田先生は「予定を記録する場合は、
相手の名前や用件など、必ず2つ以上の言葉を書き入れると、
たいがいのことは思い出す
」と話す。

 

2つ以上書くことが重要なのは、
人間の記憶は芋づる式に思い出される特徴があるためだという。

 

だから、打ち合わせで会った人の名刺には、
ちょっとした容姿の特徴や、
雑談に出てきたことなどを書き留めておくといい。
それだけで次回会ったときの準備は万端だ。

 

予定をすっぽかして恥をかかないためには
展望記憶のサポートが必要だ。

 

朝田先生が勧めるのは、
朝、出社前なら家族と、出社後なら同僚と
1
分間程度のスケジュール会議をすること。

 

それだけで手帳の内容のリマインドになる上、
展望記憶も確実に強化されるという。

 

そして、記憶力や集中力を向上させるために
重要なのは、運動と瞑想だという

 

とくに有酸素運動がお勧め。
普段運動しない人でも、
週2~3回、20分ほどのウォーキングを
行うといいだろう。

 

朝田先生は「人間の注意力、記憶力を
司る知的能力は風船のようなもの。
年齢とともにそのキャパシティ(容量)が少しずつ低下していく。

 

しかし、それを上手にサポートすれば、
いつまでも若い頃と同じような
パフォーマンスを維持できる」とアドバイスしている。

 

朝田 隆(あさだ たかし)さん
メモリークリニックお茶の水の院長、東京医科歯科大学特任教授、
専門分野はアルツハイマー病の臨床一般、研究面では認知症の早期診断法・予防。

 

出典:日経Gooday
http://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/14/091100019/060800033/?waad=abLZtgAl