睡眠は、ほかのどんな方法よりも
プラス効果がきわめて高い「究極の健康法」だ。
私たちの睡眠はいかに深刻な危機に陥っているか、
その危機を脱するには睡眠とどう向き合えばいいか。
睡眠が不足するとどうなるか?
睡眠不足は産業化社会に取りついた亡霊だ。
私たちはとにかく眠りが足りない。
そしてこれは、多くの人が思っているより
ずっと大きな問題だ。
私たちの時間は、昼も夜も、かつてないほど脅かされている。
やるべきことが増え続け、
それに伴って、起きている時間の価値が跳ね上がった。
ベンジャミン・フランクリンの言葉「時は金なり」が
産業社会の合言葉となった。
そこで削られたのが睡眠時間だ。
産業革命の夜明け以来、私たちは
睡眠をなるべく短時間で済ませようとしている。
科学は、私たちの祖先が本能的に知っていたことを
繰り返し裏付けている。
睡眠は空白の時間などではない。
非常に活発な神経活動が生じて、
記憶の定着や、認知機能のメンテナンス、
脳と神経系の掃除と回復が行われる、
とても豊かな時間だ。
正当に評価すると、睡眠時間は、
起きている時間に劣らない価値がある。
私たちは、充分な睡眠を取ることで、
起きている時間の質をずっと高めることができる。
しかし現代社会の大部分は、いまだに
あの集団妄想のもとで営まれている。
睡眠は時間の無駄遣いにすぎない、
増え続けるToDoリストをこなして
楽しく暮らすにはひたすら睡眠を削ればいい、という妄想だ。
「『成功』は燃え尽きという代償を払って初めて手に入る」は見当違い
いびきの音が「zzz」とアルファベット最後の文字で
表されるのも、私たちが眠りを軽んじていることの
象徴かと思うほどだ。
「『成功』は燃え尽きとストレスという代償を払って
初めて手に入る」という深刻な見当違い、
そして、ネット社会による昼夜ない誘惑と要求。
この二つがあいまって、
私たちの睡眠は史上かつてない危機に陥っている。
私は、過労で倒れた時に、睡眠を削ることの
代償の大きさを身をもって知った。
だから、親しい友人たちが(そして知らない人も)
同じ苦しみを味わっているのを見ると、
とても胸が痛む。
非営利組織のマネジング・ディレクター、
ラジブ・ジョシもその一人だ。
2015年6月、31歳の彼は、
イタリアのベッラージョで開かれた
会議中に発作を起こして倒れた。
過労と睡眠不足が原因だった。
歩くこともできない状態で、
当地の病院に8日間入院し、
その後も数週間にわたる理学療法を受けた。
病院スタッフと話す中で彼は、
人には「発作リミット」があることを学んだ。
休息時間をきちんと取らずにいると、
だんだんそのリミットに近づいてゆく。
ラジブはリミットを超えてしまい、
崖から転落したのだった。
仕事に復帰したとき、彼は私に言った。
「持続可能なよりよい世界を築くための戦いは、
短距離走じゃなくマラソンだ。そしてそれは自分の足元、
個人的な持続可能性から始まることを忘れちゃいけないね」
世界規模で広がる「睡眠不足」
睡眠は一晩に少なくとも7時間取るべきだとされるが、
ギャロップ社が行った最近の世論調査によれば、
米国成人の4割はこれを大きく下回る。
ボストン小児病院の小児睡眠障害センター長
ジュディス・オーウェンスは、
充分な睡眠を取ることは「栄養と運動、
そしてシートベルトを締めることと同じくらい重要」だと話す。
しかしほとんどの人は、
睡眠の必要性をあまりにも過小評価している。
そのため睡眠は「我々が最も軽んじる
健康習慣になってしまっている」と、
クリーブランド・クリニックの健康推進責任者
マイケル・ロイゼンは言う。
全米睡眠財団の報告もこれを裏付けており、
3人に1人は平日に充分な睡眠が取れていないという。
この危機は世界規模だ。
2011年の英国の調査では、
回答者の32%が、直近6カ月間の一晩の
平均睡眠時間は7時間未満だと答えていた。
それが2014年には60%にも達した。
2013年の調査では、ドイツで3人に1人、
日本で3人に2人が平日に充分眠れていないと回答している。
その日本には、疲労から会議の最中に眠ってしまう
ことを表す単語があるほどだ。
「居眠り」、字義通りに言えば
「居ながらにして眠っている。
居眠りは勤勉の証しとみなされてきたが、
これも、私たちが直面している
睡眠危機の症状の一つにほかならない。
リストバンド型の活動量計を製造している
ジョウボーンは、同社の製品「UP」シリーズを
装着している何千もの人々から
睡眠データを収集している。
その結果、睡眠が少ない都市のランキングが
わかるようになった。
一晩あたりの睡眠が最も短いのは東京で、
レッドゾーンの5時間45分。
ソウルは6時間3分、ドバイは6時間13分、
シンガポール6時間27分、香港6時間29分、
ラスベガス6時間32分。
ラスベガスより短いのなら、あなたの睡眠は問題ありだ。
仕事最優先の考え方と、テクノロジーの進歩が犯人?
こんなことになっている理由の大部分は
もちろん仕事にある。
もっと広く言えば、
私たちが仕事をどう定義するかにある。
そしてそれは、私たちが成功をどう定義し、
何を人生で重要と考えるかによって彩られている。
仕事が常に最優先だという盲信は、
高い代償のもとに成り立ってきた。
しかもテクノロジーの進歩がそれを悪化させている。
今や、電話をポケットやかばんに入れるだけで、
誰でもどこへでも仕事を持ち運べてしまう。
自宅にも、寝室にも、ベッドの中にさえも、
つきまとってくる電子音と振動と光る画面。
それは際限ない接続だ。
友人との、他人との、世界中との、
あらゆるテレビ番組との、すべての映画との。
ただボタンを押せばよい。そう、依存的に。
社会的動物である私たち人間は、
人とつながるようにつくられている。
デジタル環境に接続していないときでも
他者とのつながりを期待している。
そして、常にこの状態にあると、
就寝時刻を迎えても心が休まってくれない。
私たちは、自分の休息をおざなりにしか考えないくせに、
電子機器がたっぷり休んで充電できる神殿を
家中のそこかしこに用意してやっている。
今やネットへの常時接続は、成功に不可欠な条件だと
されるようになった。
ペンシルベニア大学の労働学教授
アラン・デリクソンも著書『危険な眠気』で次のように指摘している。
「世界的競争の世の中で、
睡眠不足は生き残りに不可欠な習慣の一つになってしまった。
トーマス・エジソン(注*睡眠が短かったことで知られる)
くらいでは済まない。24時間365日動き続ける
現代社会で成功するには、
必要な休息を自分にも部下にも認めないことが必要とされている。
米国には、ありとあらゆる休眠に疑惑の目を向ける
というイデオロギーがかつてない強さで浸透している」
睡眠不足の代償は非常に大きい。
一晩の睡眠時間が5時間以下になると、
すべての死因を合計した死亡率は15%上昇する。
十分な睡眠を取るかどうかは、実際に生死にかかわることなのだ
1週間の睡眠時間を1時間減らすだけで心臓発作リスクUP
1週間の睡眠時間を1時間減らすだけでも
(多くの人がためらいもなくしていることだ)、
心臓発作のリスクが高まる可能性があるという。
ロシアの研究では、心臓発作を起こした男性の
63%弱に睡眠障害もあった。
そして睡眠障害があった男性は
心臓発作のリスクが2~2.6倍高く、
脳卒中のリスクも1.5~4倍高かった。
ノルウェーの研究によれば
寝つきに問題を抱える人は
交通死亡事故の34%に関与しており、
不眠の症状がある人は
事故のけがで死亡する確率が
3倍近くも高かったという。
また、睡眠覚醒サイクルの制御ホルモンである
メラトニンの不足は、
乳がん・卵巣がん・前立腺がんのリスク上昇
との関連性が指摘されている。
睡眠不足は免疫系を弱らせるので、
風邪などの病にもかかりやすくなる。
6時間睡眠×5日で「しわ」「しみ」「赤み」が増加
睡眠不足は体重コントロールにも大きな影響を及ぼす。
あるクリニックが1週間かけて行った実験では、
睡眠を制限された被験者はそうでない被験者に比べて
1日当たりの摂取カロリーが559キロカロリー多く、
体重増加も大きかった。
また、一晩当たりの睡眠時間が6時間の人は
体重超過のリスクが23%高い。
そして4時間以下になると、リスク上昇は73%にも達する。
理由の一つはグレリンというホルモンにある。
このホルモンは食欲を増進させるが、
睡眠が多い人のほうが分泌量が少ないからだ。
同じ研究において、睡眠不足のグループは、
食欲を低下させる「満腹ホルモン」、
レプチンの量が少なかったとも報告された。
睡眠を削ることは太るための理想的な方法といえるほどだ。
十分に休んでいなければ、
健康ではいられない。
そしてそれは外見にも表れる。
英国では、女性30人を対象に睡眠不足の
影響を調べる実験が行われた。
8時間眠った後に皮膚の撮影と分析を行い、
次に5日間連続で6時間睡眠にして、
結果を比較するというものだ。
すると、しわは45%、しみは13%、赤みは
8%増加していた。
睡眠不足は特殊メイクのようなものといえるだろう。
睡眠不足の人は「無力感」「孤独感」を感じやすい
睡眠は脳機能の維持にも重要な役割を果たす
ことが明らかになってきている。
脳は私たちが眠っている間にさまざまな毒素を処理する。
アルツハイマー病との関連性が指摘されている
たんぱく質もその一つだ。
この仕事をこなす時間を脳に与えてやらないと、
その代償は非常に高くつく可能性がある。
睡眠は体の健康と同じくらい心の健康にも影響する。
知られているほぼすべての心の病気について、
睡眠不足との強い関連性が見いだされているほどで、
その代表格がうつと不安だ。
2012年に行われた英国睡眠調査では、
睡眠不足の人はそうでない人に比べて
無力感を7倍、孤独感を5倍感じやすいと報告された。
睡眠不足は私たちの知的能力も奪う。
4時間睡眠による能力低下は48時間の不眠に匹敵
6時間睡眠を2週間続けるだけで、
私たちの能力は24時間眠っていないのと同じくらい低下する。
4時間睡眠による能力低下は48時間の不眠に匹敵する。
情報番組「トゥデイ」の調査によれば、
睡眠不足の副作用として、集中力が低下する(29%)、
趣味やレジャーへの関心がなくなる(19%)、
日中の不適切な時間に眠ってしまう(16%)、
怒りっぽくなったり、子どもやパートナーに対して
振る舞いが不適切になる(16%)、
職場での振る舞いが不適切になる(13%)、
といった回答が寄せられた。
出典:日経Gooday
アリアナ・ハフィントンの
書籍『スリープ・レボリューション
最高の結果を残すための「睡眠革命」』を再構成
http://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/14/091100031/120100433/
http://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/14/091100031/121200435/?waad=abLZtgAl